2013年6月4日火曜日

年金小説  『誕生日まで待って』     (一)

(一)
目黒和郎と節子とが知り合ったのは、三十年前に勤務していた和食料理店であった。
眼がぱっちりした節子は、愛嬌があり、よく気がつき、顧客の評判もよかった。
そのためか来店客の中には結婚の申し出るものも何人かいたが、彼女は異性への関心は薄かった。

何故ならば、彼女は闘病中の母親を抱えており、毎日毎日が仕事と看病に追われておりそれどころでなかったからである。

和郎も彼女に思いを寄せていたが家庭の事情を承知していたので、交際したいということは言いだせなかった。
暮れが押し迫った小雪がちらつく日であった。その日は予約がいっぱい入っており、一年のうちでも最も忙しい日であった。店内は猫の手も借りたいぐらい多忙な状況にあったが、節子の様子がいつもと違っていた。
彼女は、ほほが落ち込み、生気が見られず、いつもの明るくてきびきびした行動が見られなかった。

それに気づいた和郎は、彼女に声をかけた。
彼女は、最初はおし黙っていたが、母親の病状がすぐれず、看病のため一睡もしていないことを告白した。
そのことを聞いた和郎は、節子に当分の間、休んで看病に専念するよう勧め、休暇を与えることをしぶる店主には節子が休んで間の人員の手配をすることを条件に了承をとった。
そのことがあってから、節子と親しく付き合うようになり、母親が亡くなった翌年の十一月に結婚した。

しかしながら、私と結婚したことが彼女にとって本当に幸せな日々であったのか自問自答する状況が続いてしまった。
何故なら、結婚してから亡くなるまで間、ずっと苦労のかけ離しの状況が続いたからだ。

特に、和郎が脳梗塞を発症して倒れ、右半身が不自由となり、働くことができなくなってからは、か細い彼女の背に全ての経済的、精神的両面の負担を掛けることになってしまったことだ。
それでも持ち前の明るい性格から、彼女は前向きに行動し、いやな顔をひとつ見せることはなかった。




(続く)

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