2013年6月4日火曜日

年金小説 『お誕生日まで待って』    (五)

(五)
初七日の法要の後、和郎は彼女から手渡されていた封筒 を取り出した。
封筒の表には、『ありがとう愛しの和郎さまへ  節子より』と記載され、『この封筒は、私が亡くなって初七日の日に開けてください』と赤字で表示されたものである。
和郎は、節子と約束した通り、初七日の法要後に開封した。
その封筒の中には、「年金手続きの書類一式と預貯金通帳及び生命保険の証書が入った封筒および封書」が同封されていた。
 その封書を開封するとそこには十枚余りの手紙が入っていた。
『今、病室内でこの手紙をしたためています。 この手紙を貴方が読まれるときには私はこの世からお別れしていると思います。
私は、初めて病気は治らないと言われ、寿命は半年余りと医師から宣告されたときは大変なショックなことでした。
怒りをぶちまけるとろもなく、絶望感にさいなまれ、なぜ自分が死なねばならないのか、なぜ私だけがこのような目に遭うのかと、もって行き場もなく毎日泣いていたとき、それをささえてくれたのは、和郎さんと子供たちです。泥沼にはまってもがいている私に手を差し伸べてくれて本当にありがたかったです。
永く生きられない私に明るい希望を抱かしてくれたのです。和郎さんは車椅子生活から松葉杖でなんとか歩けるようになりました。
長女の由紀からは、かわいい孫の節夫のプレゼント。次女の美紀は私のため結婚式を繰上げて花嫁衣裳を見せてくれました。
長男の正郎は、私が勤めていた外資系生命保険会社に就職が決まりました。私がいなくなってもそれぞれの人生をしっかり歩んで行けることを確信できて安心しています。
私は今、本当に幸せです。こんなすばらしい家族にめぐまれて……。
何も心配する事がなくなり嬉しいです。
ただ残念なのは、和郎さんの生活を私が一生面倒を見ると十三年前に約束していたのにそれが果たせないことです。
余命半年と宣告されたとき、あなたとの約束を果たすことができないことが判り本当に泣きました。
私が死んでいくことは宿命ですから仕方がないことで諦めもつきますが、和郎さんの世話がこれから出来なくなるということは耐えられないことです。
私のこの宿命を恨みました。和郎さんを残して死んでいくなんて、神様はなんと非常な仕打ちをするのかと。私が一番悔いているのは十三年前に取り返しがつかないミスを犯してしまったことです。それは、あなたの障害厚生年金の請求のことです。
あなたが脳梗塞で倒れた半年後に、病院のソーシャルワーカーが、我々夫婦に対し、「右半身が不自由で、働けない状態ですので多分障害年金が貰えると思いますよ。社会保険事務所に行かれたどうですか」と言われたときのことです。
その話を聞いて、私は、早速喜び勇んで社会保険事務所に出向きました。
しかし、結果は期待を裏切るものでした。窓口の相談員は年金の加入納付記録をコンピューターから引き出し、それを見ながら、「残念ながら、障害年金は請求できません。何故なら、保険料の滞納が大変多く、法律で規定している納付状態でありませんから」と説明を受けました。
私は、担当者の説明では十分理解できないので詳しく尋ねました。
そこで担当者は、障害年金の受給資格についての説明がありました。
それによると、「障害厚生年金は、厚生年金保険加入中に初診日があること。そして初診日時点において保険料納付要件を満たし、なお、かつ障害年金に該当する状態になった方が請求できる仕組みです」との説明をいただきました。
担当者の説明から「厚生年金保険加入中に初診日があることという条件と障害年金に該当する状態になっているという条件は満たしていることが判りました。
ただ、保険料納付要件を満たしているかどうかが問題になりました。担当者は、「保険料納付要件とは、初診日の前日までに納付した保険料期間と免除期間の実績で判断します。具体的には、初診日の前々月以前の1年間に未納の期間がないときに納付要件を満たすと規定されています」との説明でした。
そして、メモ用紙に具体的に記入して説明を受けました。
「ご主人の場合、六月二十八日が初診日ですから、六月二十八日の前日までに保険料納付や免除したもので判断します。初診日の前々月は四月ですから、その四月以前の一年間に未納がないときに受給資格ができることになります。ご主人の場合、四月以前の一年間すなわち前年の五月から当年の四月までの期間で判断することになりますが厚生年金保険料は、生命保険会社に勤務した本年の一月から四月までの四ヶ月間納付しています。しかし、その前年の五月から一二月までの間は、国民年金に加入していますがその間は未納扱いとなります。したがって、『四月以前の一年間未納がないとき』という条件に当てはまりません。残念ながら障害年金は請求できないことになります」と説明がありました。
                                     
前年5月        1月(就職)    4月(前々月)      
国民年金
未納
厚生年金
4か月


6/27

6/28
初診日
6/30
保険料
納付
*初診日の前日までに保険料を納付した分は期間に算入される-   
*初診日以降に保険料納付した分は未納扱いとなる(期間算入されない)

私は、「滞納した保険料は納付期限の六月三十日に一年六か月分を一括納付しているはず」だと食い下がりました。
しかし、担当者は、「初診日が六月二八日ですので、六月三十日に納めているのは六月二八日前日までの納付したものでありませんので未納として取り扱うことになります」と言われてしまったのです。
その説明を聞いて、私は全身に電気が回るようなショックをうけました。
和郎さんから旅行から帰った日の十五日に国民年金保険料を預かって、翌日に銀行納付するよう言われていたのです。
私は、家事が忙しかったこともあり六月三十日に納付してしまったのです。
そのことがネックとなり、保険料納付要件を満たしていないと判定されてしまいました。
そのため、あなたに障害厚生年金が一生受給できない羽目となってしまいました。
毎月二十万円程度一生涯貰えると思われていたのに私の浅はかな考えから保険料の納付する時期が遅れてしまって貰えなくなってしまったのです。
本当に和郎さんには、取り返しのつかない重大なミスをしでかし、面目なくお詫びのすべもありません。
私は、自分自身のいたらない行動を責めました。しかし、自分を責めてもどうしょうもないのです。本当に、本当にごめんなさい。そのとき私は決心しました。
和郎さんを死ぬまで生活が困らないように一生面倒見ようと決意いたしました。それにもかかわらず世の中は非常です。私たち夫婦を見捨てようとしているのです。
私は、あなたとの約束を果たすことができないことが判り絶望的になりました。同じことをいうようですが私が死んでいくことは世の中のさだめで仕方がないことです。
しかし、和郎さんの世話が出来なくなるということは耐えられません。
和郎さんを残して死んでいくなんて、神様はなんと非常な仕打ちをするのかと。何日も何日も泣きました。しかし、いくら泣いてもどうしょうもありません。私が先立つことになりごめんなさい。
ただ、泣いてばかりいるだけで解決出来るものでありません。和郎さんの今後の生活が成り立つよう考えるのは最後の私の務めです。生命保険は和郎さん受取人指定で加入していますので受けられると思います。
また、預金通帳を同封しておきますので名義変更して使ってください。尚、子供達にも別に積み立てをしているのでそれを渡してください。





(続く)

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